映画『母性』を見ました。
話題になってましたし、大地真央が見たい。
湊かなえ原作で、2012年に発表して以来、累計発行部数120万部を記録しています。
「子どものことは愛しているけれど、母という立場になったことを“後悔”している」という女性たちの声を綴った『母親になって後悔してる』が映画『母性』と一緒に取り上げられていました。
女性は母親になるべきであり、母親は幸せなものであるという社会常識の中で見過ごされてきた切実な想いに触れられています。
映画『母性』感想レビュー
こんなに美しく優しいお母さんだったら、お母さん大好きっ娘になるのもわかります。
大地真央は一般的に世間が描く理想のお母さんです。
そんなお母さんから愛情いっぱいに育ったルミ子。
しかしルミ子は娘(永野芽郁)に母親から受けたような愛情を注ぐことはできませんでした。
湊かなえ氏はインタビューで、
それぞれの母性があって、それぞれの子どもとの接し方があって、それぞれの家族の築き方があって、自分のなりたいようになればいい。
と言っています。
湊かなえさん: まずは周囲の人が、自分の“母性”とか“母親像”とか、自分が母として経験したこととか、自分の母にこうしてもらったことが正解とは思わずに、母親の数だけ母親像があるということを、男性女性とか年齢とかに関係なく多くの人の共通認識になったら、もう少し子育てもしやすくなるのではないかなと思います。
母親たちも、誰かが決めた“母性”が自分の中にあるか問うのではなく、自分が子どもとこう向き合おうというその気持ち、自分の中から生じるものが母性であり、親となった気持ちだと思うので、ほかの人の価値観を自分の中に取り込もうとしなくていいのではないかと思います。
母親だっておしゃれがしたいのに、子どもが転びそうになったときにすぐ助けてあげられるような服を着ろとか言われますけど、今おしゃれで機能性の高い服なんてたくさんありますよね。
母親なのにあんな白い服着ているとか、子どもがカレー飛ばすかもしれないのにとか、もうそんなの余計なお世話で、今の洗剤はすぐ洗ったら真っ白に戻るよ(笑)と。
母親として頑張っている人が、自分1人で道を歩いていたら気づけなかったけど、子どもが道端に咲く花を見つけたから楽しい気持ちになれましたとか、そういう楽しいことを発信しやすい土壌ができたらいいなと思います。
それぞれの母性があって、それぞれの子どもとの接し方があって、それぞれの家族の築き方があって、自分のなりたいようになればいい。
自分の意思がもっと大事にされればいいなということは思っています。
母親になること、女性として生きること、そうした女性の葛藤は昔からあって、
映画『クレイマークレイマー』(1979年)でも、妻ジョアンナ(メリル・ストリープ)は「誰かの娘や妻ではない自分自身を見つけたい」と子供を置いて、家を出ていきます。
子供の存在によって自分のアイデンティティを見直す女性もいます。
映画「母性」を観て、先ほどインタビューを抜粋した湊かなえのような考えを読み取るのは正直、難しかったです。
「お母さんなんだからこうあるべき」といった固定概念が世の中にはあるのはわかっています。
しかし子供が健やかに育てば、ちょっと違ったやり方でもいいじゃありませんか、という考えがもともと私にあるからでしょうか。
私の同級生に家庭の事情で、祖父母に預けられていた子がいました。
月に一度、両親が会いに来るのですが、遠い場所で出稼ぎをしていると聞きました。
母親なのに手元で育てないなんて、と陰口も叩かれていたようです。
事情があるなら仕方ないじゃん、と私は思うのですが、それを許さない風潮があるのはなぜだったのか。
高畑淳子の演じる夫の母(義母) が強烈でした。
癇癪持ちというのか、その理不尽さはよしながふみの「大奥」の徳川家重のようであります。
しかし、愛情を持っている相手にはとことん甘い。
執着という言葉が相応しい、義母の愛情は、注がれた相手にはとても息苦しく、生きづらいです。