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お花見や宴会におすすめお菓子。テング 「コーンスナックビーフジャーキー味」 (感想レビュー)

テング 「コーンスナックビーフジャーキー味」 (感想レビュー)

ビーフジャーキーのテング にスナック菓子が!

コーンスナックビーフジャーキー味」 を食べてみました。

 

歯応えのある、ちょっと硬めのコーンスナックに、ビーフジャーキーの味がします。

ボリボリと美味しい。

スパイシーなコーンスナックが楽しめます。

炭酸飲料が合いますね。

お花見や宴会におすすめ。

 

美味しいけれど、パスタスナックのビーフジャーキー味のほうが中毒性があります。

こちらもお花見や宴会におすすめです。 

「ユーハイムクランツ」​創業カール・ユーハイムが創り上げた「日本オリジナル」バターケーキ(感想レビュー)

ユーハイムクランツ」​創業カール・ユーハイムが創り上げた「日本オリジナル」バターケーキ (感想レビュー)

美味しいバターケーキがあると聞いてユーハイムの「ユーハイムクランツ」を買ってきました。

バタークリームケーキ好きにはユーハイムクランツがかなり美味しいとのこと。

店頭販売のみで、通販はしていません。

近所で販売していないので転売品を購入して食べている人も見られ、え?そこまでして?とも気になりました。

ユーハイムのロングセラー銘菓「フランクフルタークランツ」が「ユーハイムクランツ」にリニューアル(2022年)したものです。

 

 ユーハイム楽天市場店

ユーハイムクランツ」のサイズ・価格は、

ユーハイムクランツ08 価格 864円 (税込)

ユーハイムクランツ15 価格 1,620円 (税込) 

ユーハイムクランツ22 価格 2,376円 (税込)

08は4人分といった感じの大きさです。

 

まっしろ!

バタークリームと、シャリシャリ食感のアーモンドシュガーが特徴です。

 

ユーハイム トップページ(Amazon)

 

食感は軽めですが、バタークリームがこってり&ガッツリ甘い。

おぉ、、、なつかしい味、だけど昔っぽさを残しつつ現代風に軽めだと思います。

バタークリームケーキを食べ慣れている人には、たしかに食べたくなる味かも。

バタークリームケーキってあまり見かけませんし、販売していることが貴重ですよね。

常温で1週間賞味期限があるので、慌てて当日食べなくても良いし、お客様が来るときに前もって用意できます。

私はもともとそんなにバタークリームが得意ではないこともあって、いちごジャムを添えて食べたい感じでした。

 

ユーハイムクランツ 詳細

原材料名 バター(国内製造)、砂糖、液卵、小麦粉、小麦澱粉オリゴ糖、アーモンド、洋酒、水あめ、食塩

栄養成分表示 100g当たり エネルギー:472kcal、たんぱく質:3.7g、脂質:28.6g、炭水化物:49.8g、食塩相当量:0.2g

ふわっふわなバタークリームと、リニューアルしたシャリシャリ食感のアーモンドシュガーをぜひお楽しみください。

ドイツ本国の伝統的な「フランクフルタークランツ」は、バタークリームとスポンジを合わせたシンプルなケーキを、キャラメリゼしたナッツで覆ったもの。ところが、〈ユーハイム〉の創業者カール・ユーハイムは、日本のバターの美味しさに感銘を受け、この菓子を純白のバタークリームとアーモンドシュガーをまとったケーキに作り替えました。これが日本での白い「フランクフルタークランツ」の誕生秘話です。

国産バターで作るきめ細かく軽いバタースポンジの上に、淡雪状のメレンゲを加えた口どけの良いバタークリームを職人が一つ一つ手塗りし、やさしい甘みのアーモンドシュガーをたっぷりとかけています。生地、バタークリーム、アーモンドシュガー三位一体の美味しさを楽しめます。

 

参照記事 

「ユーハイムクランツ」のデビュー記念日!ロングセラー銘菓「フランクフルタークランツ」が美味しく進化してリニューアルします!プレスリリース

 

創業者のカール・ユーハイムの人生が衝撃だったので紹介します。

 

ユーハイムの創業者はカール・ユーハイム(1886〜1945)

ドイツ菓子バウムクーヘンを日本に伝えたドイツ人としても有名です。 

しかし、まさか捕虜として日本にやってきたとは!

 第一次世界大戦山東省・青島でバウムクーヘンが評判の喫茶店を営んでいたカール・ユーハイムは、捕虜として日本へ連行。

 

 広島の収容所にいた1919年、捕虜の作った物品を展示・販売する催しが開かれ、カールもバウムクーヘンを出品、日本人に大好評。

カールが焼いたバームクーヘンは、日本人好みにアレンジされたものでした。

カールは日本に残る道を選び、横浜で店を開く。

 

1923年9月の関東大震災、店は倒壊し、カールは大けがを負い、残った財産はポケットに入っていた5円札一枚。

せっかく日本に残ってくれたカールですが、大震災に遭うとは。

横浜が廃墟になると、外国人らは神戸へと移り、ユーハイム家族も神戸の知人の家に身を寄せ、神戸1号店をオープン 。

神戸・三宮にあった3階建ての洋館の店舗は、文豪・谷崎潤一郎の『細雪』にも登場し、神戸を代表する店となった。 

 

 

だが、1937年7月7日に盧溝橋事件(日中戦争)が起き、カールはショックを受け病んでしまい一時ドイツに帰国。

日本に帰国した翌年の1941年太平洋戦争、息子カール・フランツもドイツ大使館から召集され出征(1945年5月オーストリアで戦死)、大戦末期(1945年2月)の神戸空襲で店も焼け落ちた。

もうさ、、、カール、、、、大変だ。

1945年8月14日、カールは六甲山上のホテルで妻に看取られながらこの世を去った。

終戦の前日のことだった。

 

戦争を生き延びた愛弟子たちは、資金を持ち寄って「ユーハイム」を復興、1948年。

カール・ユーハイムの意思を受け継ぎ、ユーハイムは2022年に100周年を迎えた。

ドイツでは戦争の影響でバームクーヘンが下火になったのに対し、日本ではカール・ユーハイムのおかげで他メーカーもこぞってバームクーヘンを販売するまでの人気のお菓子となっていて、不思議な話のように感じます。

ユーハイム夫妻は芦屋市霊園で眠っていて、大阪湾が一望できるそうです。

 

参照記事 

終戦前日に亡くなったユーハイム創業者が歩んだ激動の人生「お菓子は平和の証」【戦後75年】 | Business Insider Japan