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アカデミー賞受賞俳優のコリン・ファースと、同賞ノミネート経験を持つスタンリー・トゥッチのW主演・映画『スーパーノヴァ』(感想レビュー)

 

アカデミー賞受賞俳優のコリン・ファースと、同賞ノミネート経験を持つスタンリー・トゥッチのW主演と聞いて映画『スーパーノヴァ』をAmazonPrimeで見ました。 

 

 

映画『スーパーノヴァ』あらすじ

ピアニストのサム(コリン・ファース)、

作家のタスカー(スタンリー・トゥッチ

キャンピングカーで旅をはじめたふたり。

 

supernovaとは超新星、恒星が燃え尽きるとき、最後に大爆発をする現象で、 地球上からは非常に明るい星が生まれたように見えるため「超新星」と呼ばれます。

 

 

映画『スーパーノヴァ』(感想レビュー)

 

冒頭から作家・タスカーの様子がおかしいことに気が付く。

うっかり、とは言うにはちょっと、、、

つまり彼は認知症を患っているのだ。

スタンリー・トゥッチ認知症なのか?と思うほど、自然に演じている。

 

キャンピングカーは、渓谷が広がる美しい風景の中を走っていく。

彼らの行く末を暗示しているかのような、細いくねくねした道を進んでいく。

イギリスの湖水地方のなんたる美しいことか。

湖水地方は国内最大の国立公園で、イングランドで最も美しい風景といわれ、絵本 ピーターラビットの舞台としても有名です。

世界の車窓から 特別編集版 #15 イギリス 湖水地方とスコットランドの旅』で美しい風景を堪能できます。

 

作家のタスカーは自分が自分で無くなる日が近いことを知っている。

「あなたは弟が愛した人よ」

「もう違う」

 

タスカーが本格的な認知症になったら大変なタイプかもしれない。

認知症は性格がでる。

本人も自覚しているのだろう。

タスカーはサムに負担をかけたくないと思っている。

 

サムは施設に会いに行くと提案する。

そうだよ、タスカーやサムほどの著名人なら良い施設に入所するだけのお金があるじゃないか!

 

でもタスカーからしたら、認知症になってしまった後の人生なんてどうだっていいんだよね。

快適にしたいとか、そんなことは考えられない。

認知症になるってことは死に向かっているということだもの。

作家なのに、もう字も書けないし、読めないし、文章も思いつかない、どんどん出来ないことが増えていく。

 

と、ここまでは良かった。

コリン・ファーススタンリー・トゥッチじゃなかったら見れない映画だと思う。

 

脚本と監督をつとめたハリー・マックイーンは、インタビューで

「僕がこの映画を作ったのは、人生の終末や、終末医療に関して多くの人に論議してもらいたいからです。さらにLGBTQ+という少数派の声を伝えるという責任も感じました。イギリスを舞台にしていますが、そのメッセージが文化を超えて、どう伝わるかにも興味があります。」

参照リンク 『スーパーノヴァ』ハリー・マックイーン監督 コリン・ファース、スタンリー・トゥッチで表現した究極の愛のかたち【Director’s Interview Vol.123】 :3ページ目|CINEMORE(シネモア)

 

監督はそう言うけど、うーん、最終的に「彼らのプレイ」を見せられてるだけじゃん?という気持ちになったんだよね。

きのう何食べた」のワタル君と大ちゃんみたいなもの。

我ながら美しい風景が台無しになる解釈だと思う。

フォローするために絞り出すなら、

タスカーが薬を飲みたく無い理由を話す場面や、

認知症に効果的な治療法の記事の切り抜きを人から渡したいと申し出されたときの態度、

生前葬のようなパーティーには考えさせられるものがあるかもしれない。

 

私はふたりの未来を想像してみた。

タスカーは認知症の施設に入所しプロの手厚いケアを受けて余生を過ごし、

これからピアノ公演をこなす現役バリバリのサムがモテないはずはなく、

タスカーのいない寂しさを紛らわすためにもサムは恋人をつくると思う。

タスカーが本当に恐れているのは、そのことではないだろうか。

 

 タイトルの『スーパーノヴァ』に込めた想い

 タイトルの『スーパーノヴァ』は、タスカーが夜空にロマンと人生そのものを感じていることを表していると同時に、この愛の物語が壮大な宇宙を背景にしていることも指している。

マックイーンは、「スーパーノヴァ超新星)というのは、星の進化の最後に起こる巨大な爆発だ。私はこれがタスカーを象徴していると思っている。何をしても明るく輝いていて、どんな場面でも光と笑いをもたらし、そしてもちろん死を前にしている。彼は、最終章が目前に迫っていることを知っているんだ」と説明する。

さらに、マックイーンは付け加える。「ミクロ対マクロという構図にも興味があった。壮大な湖水地方の風景に対比して、キャンピングカーが小さな点のようであるように、彼らの関係も果てしなく巨大な宇宙の基本をなす小さな一部分だ」  

マックイーンはまた、死を迎えるという診断を下された人が、向き合う末期の決断についても探求しようと考えた。その際に、シリアスな現実を捉えながらも、軽いタッチで描こうと決めた。マックイーンは、「どう考えるべきかをはっきりと示唆するような映画を作ることに興味はない。決めるのは観客だ。しかし、二人が窮地に立たされていて、そのことが二人を引き離しつつあるのだという事実を主張したかった。私たちはこの映画を観た人々が、他人とどう接するかについてもっと考え、そういう立場に立たせられたらどんなに厳しいかに想いを馳せてくれることを期待している」と語る。

参照リンク  映画『スーパーノヴァ』公式サイト